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ノーノ

「ノーノ」はポンペイ語で「おかあさん」の意味です。
「ノーノカーラップ」がおばあちゃん。

でも、おばあちゃんのことも、みんな「ノーノ」とよびます。
おばあちゃんはみんなの大きなおかあさんだから。

だから、コロニアのパウラさんもノーノだしキチのホストマザージュディさんもノーノだし、
他にも何人か私にとってのノーノがいるけれど、
1番のノーノは、いつもキチのおばあちゃんでした。


私はキチで暮らしていた時、自分の部屋は暗くて風も通らなかったから、
ナースにいるノーノの隣りにいることが好きでした。
ナースは壁がないからいつも風があるし、誰かが通れば話ができるし、
誰かがおいしいものを持って来た時はみんな1番にノーノに持っていくから、隣にいるとノーノは誰よりも先に私においしいところを分けてくれました。
それに、ノーノの隣りで幼稚園で使う絵を描いたり何かを作ったりすると、
そのたびにノーノは「上手だ、上手だ」と褒めてくれて、私は嬉しくなってますますやる気を出すことができました。

おしゃべりが大好きなノーノは機関銃のように早くポンペイ語を途切れなく話すから、
時々話が理解できなくなる場面もあったけど、ノーノとの会話の中で私はたくさんのポンペイ語を覚えました。
それに、情報通のノーノの側にいると、テレビのない暮らしの中で、ウォネの最近の出来事を知ることができました。

ノーノは普段はトップレスだけど、おしゃれが大好きでした。
教会に行く時のムームーと髪飾りの色は必ずそろえたり、
私の服や髪形にも敏感で、
いつも褒めてくれたり、なおしてくれたりしました。

「あれが食べたい、これが食べたい」「あそこに行きたい」「あれがほしい」・・と、
ちょっとわがままな時もあるけど、みんなそんなノーノが大好きでした。


私の引越しの日にぽろぽろ涙を流して泣いてくれたノーノ。
あの日、普段は全く料理をしないノーノが作って食べさせてくれた私が大好きなヤムのスープ。
みんなが「何年ぶりのノーノの料理かなぁ」って言って、驚きました。

私が毎日早起きして川へ行くことも、
時々豚の餌用のバナナを食べていることも、
どんなポンペイ語を覚えたかも、
家族の中で一番知っているのはノーノだったと思います。

そんなノーノとの大切な思い出はここにはとても書ききれなくて、
ノーノがくれた大切な言葉もここには書ききれません。


ノーノは、大切なものを私の心にたくさん刻んでくれました。
そして、ノーノは、亡くなりました。




病院での2週間にはいろんな日があって、
いろんな人のいろんな気持ちが、毎日、病室にありました。
でも、医療が十分でないポンペイの病院の中で、
生きているということと、いつか来るかもしれない命の終わりを、
みんなは、ありのままに、きちんと受け止めているように感じました。
だから、たくさんの人がノーノの死を口にしたし、家族は人間の命は終わりがあるからねと言いました。

そんなみんなの強さを前に、私はただ一人じたばたとしていたような気がします。
きっと元気になるはずだからと信じたくて、
数日前まで元気におしゃべりしていたノーノの命に終わりがくるなんて、どうしても考えたくなかったから。
でも、信じているはずなのに、涙ばかりがあふれてきて、
どうしようもないから、目も口も開かなくなってしまったノーノの病室で、私は編みかけていたノーノのスカートをただただ祈りながら編み続けました。
きっとノーノがまた目を開いてスカートを見てくれる日が来ると信じて。


祈りは届き、ノーノは2日後に目を覚ましました。
数日、ノーノの容体は安定して、ノーノの意識がある時間が増えました。
私は仕事が終わってから病院に行くのが楽しみになって、
ノーノは、完成した編み物を見てくれました。
その日、ノーノは私の名前を何度も呼んでくれて、3月のダンスの大会のためにあけたピアスをきれいだと褒めてくれました。
mioはポンペイ人だって言って。

そして数日後、ノーノはまた目を閉じました。
息ができない時が時々やってきて、
ノーノは亡くなりました。


お葬式には、ポンペイ中から人が集まって、何百人もの人が集まりました。
ノーノはたくさんの歌の中で穏やかな顔で眠っていて、
だから、ノーノはきっと今幸せだと思いました。

何十頭もの豚が運ばれ、パンの実も、魚も、サカオも、あらゆるものが運ばれました。
このとてもにぎやかなお祭りが4日間続き、サカオの日がそれから5日間続き、そして10日目にまた大きな大きなお祭りをして、10日間のお葬式は終わります。



生きるということ、そして死ぬということ、

私はポンペイに来て、ノーノに出会い、
大切な家族に出会い、
ポンペイ人の生き方を知り、命について、とても大切なことを学んだ気がしています。
何度も参加して知っていたつもりになっていたのポンペイのお葬式についても、その尊さを、初めて、ちゃんと、理解できたような気がします。


いろんな生き方があると思うけれど、
生きて、死ぬ、
だから、生きている1日1日を大切にしたいと思います。
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2012-04-25 : ミクロネシア : コメント : 4 : トラックバック : 0
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cuitural day

3月30日。cultural day。ポンペイの文化の日でした。
たくさんのローカルダンスの披露などなどもあるということで、イベントを見に行ってきました。

ポンペイの離島や、コスラエ・ヤップからのダンスもあり、とても楽しかったです。
キチの
ポンペイローカルダンス 
yappp.jpg
ヤップダンス


そうそう。1日早いけど、前日にはECEのcultural dayイベントもあって、もちろんそちらにも参加。
ポンペイECE全20校が集まり、ローカルにデコレーションした車がコロニアの道路をパレード。
くるま1 くるま2
くるま3 くるま7
くるま4 くるま8
くるま6

グランドに集まって、歌やダンスの披露もありました。
いべんとよよよ 
イベントその1 イベントその2

ウォネの子どもたちはもちろん、今まで訪問した園の子どもたちともたくさん再開できて、
こども こどもよーう
みんなローカルな衣装がとっても似合っていてかわいかったです。
2012-04-04 : ミクロネシア : コメント : 2 : トラックバック : 0
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プロフィール

mio

Author:mio
青年海外協力隊として、ミクロネシアのポンペイ島に行くことになりました。ポンペイ島の幼稚園で働きます。どんな子どもたちに出会えるのか、どきどきわくわく☆
日本にいる家族、友だち、職場、かわいいかわいい子どもたち、みんなに近況報告ができたらいいなぁと思ってブログを始めました。
現地でネットが使えますように!

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